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8学級(うち特別支援学級2学級) 
全児童数 100名
 

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〒270-1605
 千葉県印西市平賀1161−2

【アクセス】
 京成酒々井駅から ちばグリーンバス 学園台行,印旛日本医大駅行 学園台前下車 徒歩5分

 印旛日本医大駅から ちばグリーンバス 京成酒々井駅【西口】行 学園台前下車 徒歩5分
 

学校生活の様子

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2019/12/02

12月になりました

Tweet ThisSend to Facebook | by:担当1

 校舎前のケヤキの木は紅葉し落葉を始めました。
 グラウンドのエノキも少し色が変化してきました。
 落葉も近いです。用務員さんが職員玄関前の花壇にパンジーを植えました。冬の花ですが。来年の6月まで目を楽しませてくれますね。

 職員玄関の掲示?もクリスマスらしくなってきました。
 日本のクリスマスは、明治半ばころから、少しずつお祝いが始まりました。クリスマスはご存知の通りもともと日本の行事ではありません。そこで、私なりに少し調べてみました。
 まず、明治の半ばころ、横浜や築地の外国人居留地でのクリスマス風景が新聞で紹介されています。年末の風景のひとつとして、外国人たちの珍しいお祭りとして報道されていました。
 1906年、明治39年から、サンタクロースが登場してきます。どうやら、このころから、ふつうの家庭でもクリスマスにプレゼントを贈るのが一般的になってきたようです。
 1960年代には、ケーキとプレゼントを買って、郊外のマイホームへと向かうサラリーマンのパパが多くなりました。これは、
 1960年代から1970年代にかけて、昭和30年代半ばから、昭和50年代までは、子供のためのお楽しみの日というクリスマスが定着してきました。これが、現在まで続いています。
 クリスマスはもともと西洋のお祭りであり、何だか楽しそうなお祭りだ、と日本人は思っていました。
 どうしても日本人は、西洋の文化を取り入れなければ世界から遅れてしまう、と思う風潮があり、それに庶民レベルで反応したのが日本型クリスマスといえそうです。
 それぞれにクリスマスの受け取り方はありますが、イベントを通して、家族や人と人とのつながりがより良好になれば、それもまた意味のある行事となりますね。
 
 




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